今日はご相談に来られる方の中で最近多い「〇〇すべき」な「官星」さんについて書きます
「〇〇すべき官星さん」とはこんな方
あなたは「すべき官星さん」?
いきなりですが問題です
次の項目、いくつ当てはまりますか?
- 秩序を守らない事(人)が気になる
- 何か問題が起きると「自分のせい」と思うことがよくある
- 自己犠牲してしまいがち
- 責任感が強い
- 頼まれたら断れない
- 必要とされたこと(頼まれごと)は最後までやり切る
- 残業しても仕事をしてしまう
- 疲れやすいように思う
- 他人の言葉(視線)が気になる
- ストレス発散の方法がわかない
- 常に苦労を背負い込みがち
いかがでしたか?
当てはまった項目が多いほど、
自分自身(日干)を抑える(剋す)官星が多い、「すべき官星さん」タイプに近い方だと思われます。(私が勝手に名付けました)
このタイプの方は社会的(一般的)に、「正しい」or「正しくない」、「良い」or「悪い」、「すべき」or「すべきじゃない」と、どちらかはっきりしなければ・・という観点から物事を考える傾向にあると私は分析しています。
この考え方は決して悪いことではありませんし、社会に必要な存在だと思います。
ですが、考えすぎて進めない(自分で自分を弱らせて先に進めない)状態で、
「~すべき」という考えに囚われすぎていては、せっかくの「官星」のよさが活かされません。
○○すべきとつい考えてしまう方の行動
例えば、学校のクラスメイトでいつも一人でポツンといる子がいるとします。
「すべき官星さん」はその子の事が非常に気になります。
休み時間、いつも一人で本を読んでいるその子を見ると、
皆とおしゃべりしたり遊んだりしたら楽しいはずなのに輪の中に入りにくいのかな、
こういう姿を見て見ぬふりはいけないのではないのだろうか、
声をかける「べき」じゃないのかな。
と、いつの間にか「自分がどうすべきか」をグルグル考えるようになっていきました。
そんなある日、次は音楽教室で、音楽室に移動することになりました。
音楽室までの移動、その子が一人で歩いている姿を見ると「みんなと歩くのが楽しいはずなのに。声をかけてあげるべきなのに誰もあの子を見てない。」と気になって仕方ないのです。
そして声をかけます
「一緒に行こう」
音楽教室まで到着したら自然と隣に座るかもしれません。
音楽の授業が終わったらまた移動時間も一緒に歩こうとするかもしれません。
そしてだんだん「でもいつも一緒にいる子たちは・・。またあっちのグループに戻ってもいいかな。でも・・そしたらまたこの子がひとり。でも・・・」
「でもでも世界」にはまった状態です。
この世界が出てくると「すべき官星さん」は悩み始め、頭の中は「でもでも」がどんどんわいてきます(官星が日干を剋す状態)
正しいのは誰?どっち?
そんなこと言ってるけど私も「すべき人間」
色々書いてますが、私も相当な「○○すべき」人間でした。
いや今もけっこうそれがあるし、「これが正しいと思う」とか「社会的にどうなの?」と考えがちです。
そしてそんな考えに捕らわれないフットワークの軽い方を見ると羨ましくなります(私の旦那)
「こうあるべき」「これが常識」と考えて楽な時はそれでいいのですが、
「でも・・・」とつくのなら、その「すべき」を解き放つ練習をするとずいぶんと楽になります。
「でも・・」と考えている時間こそ、官星(すべきさん)が日干(自我)を攻撃している時間です。
正しいことはどっちだろう、それは正しくないからこうすべき
「正しい」or「正しくない」、「常識」or「非常識」・・・他人からみて自分の行動はどっち?と、その考えがグルグル頭を支配している時間です
コロナ大流行!マスクする?しない?どっちが正しい?
ここ数年の例えをあげると、
コロナが流行し始めたときに「感染を防ぐためにはマスクをすべき」という人と、
「コロナも風邪と一緒。マスク生活は人間らしさを失うからマスクはしない」という人に分かれ、
自分はどう「すべき」か悩んだ方もいるのではないでしょうか。
どっちが「正しい?」と必要以上に考えて、悩みながらつけたり外したりした方もいたかもしれません。
迷わずにマスクをしていた方(はずしていた方)もいる中、
自分の気持ちは「はずしていたい」けど、社会の流れや正しさを優先するなら「つけるべき」と考えてマスクを装着していた方もいたと思います。(その逆も)
そういう方の中にはフラフラと自分んお考えがブレることで必要以上に悩んだ時間が多かった人もいたのではないでしょうか。
私が考える「すべき人間」にならない人の特徴
先ほどの一人でいるクラスメイトの例でもう一度考えます。
「すべき人間」ではない方はその子に対してどんな風に考えて行動しているのでしょう。
おそらく、「(その子のために)どうしたらいいだろう」と考えず、
「一人でいるから気になる」けれど「ただそれだけ」なのではないでしょうか。
「なぜ一人なんだろう、面白いな、挨拶でもしとくか!」と考えて「おう!」とだけ声をかけるかもしれません。
本当に「単なる挨拶をしただけ」でそれで満足だと思います。
最後まで一緒に歩くわけでもなく自分の用事がすんだらとっとと先に進みます。
自分とは違う行動をとる人が一瞬気になるので声をかけるけど、
その「一人でいる」状態をどうにかしたいとまでは考えないのです。
そして一人でいつも行動している友達も、もしかしたら一人でいることにそこまで悩みを持っていないかもしれません
(いじめられているなどの場合は別)
私は官星さんの持つ正義感や正しいことを皆に伝えたいという行動力は好きですが、
ご自身が悩むほどにそれを貫く必要はないと思っています。
行動しなかったからといって自分を責めることでもありません。
(見るに堪えぬいじめなどの場合は正義感を大いに使ってもいいいとは思いますが)
悩まずに出来る方に少しは預けてもいいのではないのでしょうか
(あなたが頑張りすぎないならやればいいのです)
もっと楽になろう!「すべき官星さん」
自分の中に沸いてくる「すべき」に囚われ悩んでしまうくらいならばそれは自分(日干)を剋している流れです
あまりにも苦しいのならば「すべき」という発想から自分を解放することです。
本当にそれは自分(だけ)が(苦しんでまで悩んでまで)することなのか、手放してもいいことではないのか
と、「すべき」が出てきたら考えてみてください。
世の中、自分が自分の力だけでやらなければならない事は意外と少ないものです。
自分の感性(日干)を大切にすることを基本に行動すると気持ちが楽になるかと思います。
私が考える「すべき官星」のある命式の特徴 喜神日干が強い忌神官星で剋されている状態(喜神日干がとても強い場合は除く) 喜神官星が強い忌神日干で弱められる状態(喜神官星がとても強い場合は除く)
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